この百合小説がすごい! 2020

 

 2019年を振り返り、 独断と偏見で選んだおすすめの百合小説を、ランキング形式でご紹介します。今回、対象としたのは、ノベライズを除く19年中に発表された新作、または1巻が発行されたシリーズ作品です。恐れ多くも順位をつけさせていただきましたが、作品の優劣を論じたものではなく、筆者の好みと気分によるものとお含みおきください。ひとえに、小説でもより多くの百合作品が書かれ、百合の魅力に目覚める人々の増えることを願っております。

 
 
35位 ウチらは悪くないのです。/阿川せんり
ウチらは悪くないのです。

ウチらは悪くないのです。

  • 作者:阿川 せんり
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2019/02/22
  • メディア: 単行本
 
【あらすじ】大学生活をだらだら過ごすあさくらは、気づくと外堀を埋められて、思ってもみなかった男女交際をすることに。勝手の分からない初めての体験に悪戦苦闘するあさくらを、昔からの友人で小説家志望のうえぴは、生暖かく見守るけれど……
 
 「恋愛しなきゃ人生の損」「顔はいいんだからオシャレしなきゃ」「友人は多いほうがいい」などなど、外野の振りかざす「常識」に、「そうなのかなァ」なんて流されてしまうあさくら。新しい一歩を踏み出すなどといってみれば、いかにも青春という感じではありますが、あさくらとうえぴがふたりして空回りしたあげく、経験を積んで一皮むけていくなんていうストーリーとはあさっての方向に落ち着いていくのが愉快です。
 
34位 雪が白いとき、かつそのときに限り/陸秋槎
雪が白いとき、かつそのときに限り (ハヤカワ・ミステリ)

雪が白いとき、かつそのときに限り (ハヤカワ・ミステリ)

 

 【あらすじ】生徒会長の馮露葵(ふうろき)は、四年前、学生寮で起きた死亡事件を調べ始める。推理が行き詰まりを見せた頃、四年前の事件と類似した状況で、ひとりの女生徒の死体が発見される。

 
 18年中に翻訳された『元年春之祭 』が、ミステリ界隈のみならず、百合ファンの間でも反響を呼んだ陸秋槎先生の二作目の長編です。
 推理のプロセスとロジックを重視した重厚な謎解きと、未だ何者でもない少女と、何者にもなれなかったかつての少女たちが織りなす青春本格推理。解決編直後の一文の圧の強さが後を引きます。
 
 
33位 花園に来る嵐/夢見絵空
花園に来たる嵐

花園に来たる嵐

 
【あらすじ】生徒たちが華族派と庶民派で二分される名門女子校。生徒会長の座を巡って派閥同士の対立が激化するなか、校内で殺人事件が発生。事件に胸を痛める生徒会長の佳乃。その幼なじみの少女・葵が解決に乗り出す。
 
 伏線の張り方、犯人が分かったと言い出すタイミング(こういうケレン味はやはりミステリの華)、死体の周りに散りばめられた鳳仙花の扱い、犯人の意外性など、ミステリのツボをよく分かっている書きぶり。幼いころは懐いていた葵が、再会した佳乃に素っ気なかった理由はミステリならではで、事件解決後、佳乃が葵と再び絆を結び直していくのが爽快です。
 女子校が舞台だけあって、佳乃と葵の関係以外にも、様々な女性どうしの関係が描かれていますが(特に祥撫と蓮の主従が尊い……つらい……)、本作に登場した女の子たちの恋が描かれた短編を3作収録した『令月とオフィーリア』も発行されています。
 
32位  魔女と少女の愛した世界/浅白深也
魔女と少女の愛した世界 (DENGEKI)

魔女と少女の愛した世界 (DENGEKI)

 
【あらすじ】町はずれの森の中に住む魔女のエリシアの家に、迷い込んできた幼女。とっておいた朝食のパンを食べられた腹いせに、奴隷にして働かせようと思いつくが、まだ幼い女の子が器用に家事ができるわけもなく、そこで、人の子を売れば金になると聞いたエリシアは、さっそく売り払おうとする。だが、より高値を得るには教育も必要だと諭され、渋々ながら、少女にカナリアと名付け一緒に生活することにする。
 
 本作は、電撃文庫編集部がウェブ小説コンテスト「電撃《新文芸》スタートアップコンテスト」に投じられ、応募総数2,429作品を超えるなか、最終選考の9作に残った浅白深也先生のデビュー作です。
 純粋にエリシアを慕うカナリアのいじらしさを前に、なんだかんだで、エリシアが振り回されているのがおかしくて、にまにましちゃいます。人嫌いの徹底した個人主義者のエリシアにも、家族に捨てられた過去があり、同じ痛みを知る者として、カナリアを庇護し、導く存在へと変わっていきます。そして、エリシアもまた、自身が望んでも得られなかった愛情を、与える側として、カナリアと過ごした日々に教えられていく。そんなふたりの関係が愛おしく感じられる作品でした。
 

 

31位 むらさきのスカートの女/今村夏子
【第161回 芥川賞受賞作】むらさきのスカートの女

【第161回 芥川賞受賞作】むらさきのスカートの女

 
【あらすじ】近所に住むむらさきのスカートの女。彼女とともだちになりたい“わたし”は、女を同じ職場で働かせることに成功する。
 
 2019年度上半期、第161回芥川賞を受賞した本作。同じ職場で働くよう誘導するために、涙ぐましい努力をしておきながら、一向に言葉を交わす気配もなく、ひたすら観察し続けるだけ。なぜ語り手はそこまでむらさきのスカートの女に固執するのか、正体不明の想いが、この小説に不気味なユーモアを湛えています。
 果たして、“わたし”はむらさきのスカートの女と友達になれるのかといえば、一瞬だけエモい展開を見せつつも、「まあそうなるよね」という結末に収束していくのが、なんともいえない脱力感があって、とぼけた味わいに魅力を感じました。
 
 
30位 気ままに東京サバイブ。 もしも日本が魔物だらけで、レベルアップとハクスラ要素があって、サバイバル生活まで楽しめたら。/まきしま鈴木
【あらすじ】会社員の後藤静華は、後輩の雨竜千草を庇って通り魔に刺され致命傷を負う。その瞬間、頭の中に聞こえてきた《声》によって、命を取り留め、ふしぎな能力を手にする。異界から魔物が侵攻しはじめ、いずれ人間社会の力では抑えられなくなることを知らされた静華は、魔物と戦うことを決め、意気揚々とレベルアップを目指す。
 
 殺伐とした世界観ながら、熱いアクションシーンと、豪放磊落な静華が強かに魔物に立ち向かっていくさまが痛快です。
 1巻では、それまで他人と一切深い付き合いをしてこなかった雨竜が、静華と出会って、はじめて抱く感情を描いたシーンが印象的ですが、2巻では、ますますシビアな戦況を迎えて、雨竜も静華の右腕として活躍します。他人には懐かない雨竜が、静華との遠慮のないやり取りに滲ませる信頼感、可愛げのない後輩に文句を言いつつもさっぱりした気性で受け入れる静華とのつながりが見ていて心地よいです。
 
 
29位 マエストロ・ガールズ このコルネット、憑いてます。/天沢夏月
【あらすじ】もう一度吹きたいから体を貸してほしい。拾ったコルネットに憑いた紫乃という幽霊の願いを聞き、美香は顧問の男性教諭目当てで吹奏楽部に入部する。紫乃や同じパートの男子部員の音楽に対する姿勢を触れていくうちに、次第に美香は真剣に吹奏楽と向き合っていく。
 
 演奏活動に明け暮れ、若くして亡くなった紫乃と、吹奏楽に興味などなく全く演奏経験のない美香。およそ接点のなかったふたりが、噛み合わないながらも仲良くなっていくのが楽しいです。美香に厳しい親友のマコもいい味を出してます。そして、やってくる別れのとき。喪失を受け入れられなかった美香が、やがて紫乃からもらった演奏することの喜びを、未来に繋げていこうとする姿に胸を打たれます。
 
 
 28位 あの子の秘密/村上雅郁
あの子の秘密 (フレーベル館 文学の森)

あの子の秘密 (フレーベル館 文学の森)

 
【あらすじ】他人には見えない黒猫だけを友にして、周囲に壁をつくる小夜子。小夜子のクラスに転入してきた明來は、あっという間にクラスの人気者になっていく。明來は孤立する小夜子に友だちになろうと何度も声をかけるが拒絶されるばかり。そんなふたりが、ある日、互いの秘密を巡って衝突してしまい、小夜子が学校に来なくなってしまう。
 
 第2回フレーベル館ものがたり新人賞大賞を受賞した、村上雅郁先生のデビュー作。デビュー作とは思えないほど、研ぎ澄まされた文章で繊細な心理の襞まで映し出す完成度の高い作品で、児童文学界の底力を感じます。誰とでも仲良くなれる女と、絶対に誰とも友達になりたくない女が、やがて深い絆で結ばれていくお話です。
 序盤は、小夜子の拒絶に、かえって火をつけられて、何が何でも友達になってやろうとグイグイくる明來に、小夜子が冷ややかな反応を返すというやりとりが描かれます。お互いの視点から描かれているために、前向きで楽天的な明來と、固く心を閉ざした小夜子の対比がいっそう鮮やかで、互いの辛辣さとユーモアを引き立てていて、語りの妙を感じます。
 そんな緊張感を孕んだふたりの関係は、黒猫の失踪によって変化を迎えます。唯一の親友を失って沈み込む小夜子に、明來は寄り添い、すっかり冷え切っていたはずの小夜子の心が、少しづつ温まっていくのが感じられます。そして、明來もまた、黒猫を探す過程で、心残りのあったある出来事を乗り越えていきます。
 このふたりを中心に、他のクラスメイトの女の子たちも生き生きと描かれていて、かつては小夜子と友達だったマイペースな優歌、優歌の親友で、歯に衣着せぬタイプながら、さっぱりした性格の巴、クラスの女子の中心に位置する美咲。彼女たちの小夜子との関わり方の変化にも注目です。
 固く凍てついた殻を割ってみれば、新しく紡がれようとするつながりや、変わらずにあった友情が、なにより心の奥底まで通じ合った親友の姿がある。とても素敵なお話でした。

 

 

27位 科学オタクと霊感女/半田畔
科学オタクと霊感女 -成仏までの方程式- (LINE文庫)

科学オタクと霊感女 -成仏までの方程式- (LINE文庫)

  • 作者:半田畔
  • 出版社/メーカー: LINE
  • 発売日: 2019/10/04
  • メディア: Kindle
 

【あらすじ】科学をこよなく愛する女子大生・浮島華は、人づきあいが苦手。ひとりきりの科学研究サークルを立ち上げ、大学の片隅で実験に没頭する日々を送っていた華の前に、霊が見えるという新入生・四ツ谷飾が現れる。幽霊の存在を否定する華に、飾が触れると、幽霊が見えるどころか、会話さえできてしまうのだった。かくして、華は飾に、強引に霊を成仏させる手伝いをさせられることになるのだった。  

 

 2015年にデビュー以来、ライト文芸の分野で活躍されている半田畔先生の作品です。本書より一足先に発行された『群青ロードショー (集英社オレンジ文庫)』では、4人の女子高生が映画作りを通して友情を深めていく様子を描かれていますが、こちらはふたりの大学生が主人公。霊が成仏できない原因となる心残りを、華が科学オタクならではの知識を活かして解決する、なかなか堂に入った華の名探偵ぶりが見られるオカルトミステリです。  

 友達になろうと真正面からグイグイくる飾に、反発しながらも飾のペースに巻き込まれていく華。素直になれない華が、いつのまにか一緒にいることが当たり前になっていた飾に対する複雑な思いを爆発させてしまうシーンが印象的でした。終盤では、飾の秘密についても明らかにされますが、どちらが欠けても力を発揮できないバディとして、ともに孤独を抱えていた仲間として、結びつきを強めていくふたりの姿がまぶしい作品でした。

 

26位 友達未遂/宮西真冬
友達未遂

友達未遂

  • 作者:宮西 真冬
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2019/04/24
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 
【あらすじ】人里離れた山奥に位置し、規律に厳しいことで有名な全寮制の女子校、星華高等学校。寄宿舎には三年生が一年生と組になって、寮生活を指導するマザー制度というものがあり、三年生がマザー、一年生がチャイルドと呼び習わされる。桜子と茜、千尋と真琴の4人は、新たにマザーとチャイルドとして同室になる。ところが、寄宿舎で、洗濯物が汚されるなど、小さな事件が次々に起こる。
 
 4人がそれぞれ密かに抱えている鬱屈と、互いに抱く複雑な感情が次第に明かされていき、4人の関係がどうなるのかハラハラさせられます。濃密な心理描写、意外性に富んだ語り口で編まれた一級のサスペンスを堪能していただくために、詳細は控えたいと思いますが、読後は4人の幸福な未来を祈りたい気持ちになりました。
 
 
25位 スイレン・グラフティ/世津路章
スイレン・グラフティ わたしとあの娘のナイショの同居 (電撃文庫)

スイレン・グラフティ わたしとあの娘のナイショの同居 (電撃文庫)

 
スイレン・グラフティ(2) もすこしつづく、ナイショの同居 (電撃文庫)

スイレン・グラフティ(2) もすこしつづく、ナイショの同居 (電撃文庫)

 
【あらすじ】多忙な母親の代わりに、幼い弟妹の面倒を見ながら、家計を預かる高校生・池野彗花は、ある事情から、隣の席の問題児・庭上蓮を家に住まわせ、その漫画づくりを手伝うことになる。彗花は悪い噂とはかけ離れた蓮の漫画にかける真剣さに触れていく。
 
 蓮が誰にも見せることのなかった秘密を、成り行きとはいえ、彗花と共有する一方、いつも家族を第一に、我を張るようなことのなかった彗花が、素直ではない蓮の態度に意固地になって対抗したり、蓮の真剣さに憧れを抱きつつも、あえて蓮の漫画に対して率直な意見を呈したり、ぶつかり合いながら、絆を深めていくのが爽快です。
 2巻では、新たにふたりきりの同居生活がはじまり、同人誌即売会デビューを当面の目標にしたふたりの悪戦苦闘が描かれます。より強い信頼感で結ばれていくふたりの今後が気になります。

 24位 お絵かき禁止の国/長谷川まりる
お絵かき禁止の国

お絵かき禁止の国

 

【あらすじ】ハルは卒業を間近に控えた中学生。絵を描くのが好きなハルは、絵を見て声をかけてきたクラスメイトの人気者・アキラと一緒に漫画を描くのを楽しみにしていた。アキラのことが好きだと自覚していたハルは、ある日、アキラからキスされる。突然のキスに舞い上がりながらも、アキラの気持ちを図りかねてもいた。ところが、ふたりがキスしているところを撮った写真が、SNSで学校中に拡散されてしまい、アキラとも会えなくなってしまう。

 本書が、第59回講談社児童文学新人賞佳作に入選し、デビュー作となった長谷川まりる先生。児童文学で同性に恋する気持ちを描いたといえば、昨年末に発行された名木田恵子先生の『窓をあけて、私の詩をきいて』は、幼なじみの少女に恋するヒロインの片思いの苦しさが伝わってくる作品でした。本書は、恋する少女の一喜一憂する心を描いた恋愛小説のきらめきやせつなさが詰まった作品でもありますが、勝手に性的指向を言いふらされる行為―アウティングに等しい行為を受けたレズビアンの女の子が直面する現実を描いた作品です。

 心ない言葉を浴びせかけられ、無理解からくる言葉の棘に傷つき、周囲の人間が一瞬にして敵味方に分たれてしまうような状況が、リアルに描き出され、「どうして同性が好きだっていうだけで、こんな面倒なことになるの?」と憤りを感じてしまいますが、幸い、つらい状況を理解してくれる人々も現れ、すこしづつ平穏を取り戻していきます。

 理不尽な状況を乗り越えた先には、アキラとの恋にも決着がつきます。アキラの洩らす心情も印象的なのですが、それを受け止めてなお、暖かい愛情を示すハルの姿が、とてもまぶしく映ります。

 

 

23位 蟲愛づる姫君の婚姻/宮野美嘉
蟲愛づる姫君の婚姻 (小学館文庫キャラブン!)

蟲愛づる姫君の婚姻 (小学館文庫キャラブン!)

 
【あらすじ】 大国・斎(さい)帝国から、新興国の魁国(かいこく)に嫁いだ姫・玲琳。しかし、玲琳は、可憐な容貌とは裏腹に、猛毒を持つ蟲を使役し、あらゆる毒に通じ、それゆえに人々から恐れられている蠱師(こし)だった。我が道を行く玲琳の奇矯な振る舞いに、嘲りの眼が向けられるなか、魁国で、伝染病が発生。その背後に、蠱師の存在を嗅ぎとった玲琳が立ち上がる。
 
 宮野美嘉先生は、女性向けライトノベルレーベル小学館ルルル文庫からデビューし、同レーベルの主力作家のひとりでしたが、ルルル文庫亡きあとは、ガガガ文庫小学館文庫キャラブン!シリーズへと発表の場を移しながらも、独特のクセの強いキャラクターが登場する作品を発表し続けています。
 作品のほとんどがファンタジー風の世界を舞台にした、男女物のラブコメです。今回のこの作品も例外ではなく、新興国の若き王である鍠牙と、その下に嫁いできた変わり者の姫である玲琳のとことんズレたやりとりがおかしいラブコメ(というには殺伐としてますが)ではあるのですが、では、なぜ百合小説の紹介で、本作を取り上げるのかといえば、なんといっても、玲琳の度を越したお姉さま愛が綴られているからです。
 そもそも、政治や世俗の事柄には、とんと興味もない玲琳が、素直に魁国へと輿入れしたのも、姉である女帝・彩蘭の命だからこそで、夫となった鍠牙を前にしても、お姉さまこそ、この世で一番美しい、一番大好きといってはばからず、その素晴らしさを説くのを日課とし、玲琳をからかって姉の悪口を言った夫の鍠牙には、頭突きをかまして「殺すわよ」とのたまわる。
 そんな玲琳が、なぜ、そこまでお姉さまを愛しているのかを知れば、その理由には唖然とさせられるはずですが、終盤、緊迫した状況下で、明かになるその理由は、読んでのお楽しみ(ほんと、なんなんだこの姉妹は)。
 もうひとつ、どこに行ってもつまはじきにされてきた玲琳のはじめて友達になる女性、夕蓮との交流も印象的。どんなに嫌われても動じない玲琳が、はじめての友達に、すっかりペースを乱される様も見物ですが、このふたりもまた「友達とは?」と哲学的命題に目覚めてしまいそうなディープなやりとりを見せてくれます。そのほか、幸せな結婚を夢見るも、主の悪評を被ってなかば諦めてる玲琳のお付きの女官・葉歌との主従関係にも注目です。個性の濃すぎるキャラクターたちの織りなす、意外な展開も見せるミステリ仕立ての中華風ファンタジーです。
 すでに発表されている二作目の『蟲愛ずる姫君の寵愛』でも、お姉さま愛は健在で、さらに葉歌が玲琳に吐露する意外な心情、新たに側室として王宮に加わることになった姫との関係性が見物。嬉しいことに、直球の百合もあったりして。
 
 
22位 ヒトの時代は終わったけれど、それでもお腹は減りますか?/新八角
ヒトの時代は終わったけれど、それでもお腹は減りますか? (電撃文庫)

ヒトの時代は終わったけれど、それでもお腹は減りますか? (電撃文庫)

  • 作者:新 八角
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2019/03/09
  • メディア: 文庫
 
ヒトの時代は終わったけれど、それでもお腹は減りますか?(2) (電撃文庫)

ヒトの時代は終わったけれど、それでもお腹は減りますか?(2) (電撃文庫)

  • 作者:新 八角
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2019/06/08
  • メディア: 文庫
 

 【あらすじ】荒廃した地球で料理店を営む二人、天才料理人のウカと狩人兼給仕のリコ。探求心旺盛なウカの無茶ぶりに応えてリコは今日も獲物を狩る。ふたりの絆が生み出す、絶品料理の数々。

 
 24世紀の激変した環境や生態系がもたらす食糧事情が描かれ、見たこともない食材から作りだされる料理の数々が楽しめる、SFならではの奇想天外グルメ小説です。
 少々、人使いの荒いウカと、悪態をつきつつもウカの求める食材をきっちり狩ってくるリコ。ふたりの気の置けないやりとりからは、信頼で結ばれた関係がうかがえて楽しいです。
 どちらからといえば、完全に胃袋を掴まれてるリコの方が、振り回されているような感じですが、ウカもリコと旧知の男性とのやりとりにやきもきしたり、帰りの遅いリコを心配したり、なんだかんだで愛されてます。後半、突如、勃発する痴話喧嘩(?)もおいしくいただきました。
 2巻では、ふたりのなれそめも描かれ、その絆の秘密も明かされます。ウカと意外な関係のあるエルフも登場し、1巻でも登場した天才ハッカーのカンナと<姐さん>のヤシギの関係も深まって、奇想も甘さも大増量の絶品です。
 

 

21位 空の器になにそそぐ?/綾加奈
空の器になに注ぐ? (百合小説)

空の器になに注ぐ? (百合小説)

 
【あらすじ】女子校に通う陽菜は、なんでもそつなくこなすしっかり者で、学校では頼りにされていた。ある日、陽菜は教室ではいつも独りでいるクラスメイト、支倉綿穂の意外な素顔を知る。支倉に興味を抱いた陽菜は、学校のみんなには内緒にしたまま、支倉に近づき、しだいに、妹のカナとふたり暮らしの支倉の家に入り浸るようになる。
 
 18年から、kindle上で精力的に百合小説を発表されている綾加奈先生。19年中だけでも、本書のほかに『それでも幽霊は人生を諦めない 』『私は君の味方だと囁くことしかできないけれど 』の2長編と、それぞれ小・中・大学生を主人公にした短編集を3冊発行されています。それぞれに甲乙つけがたい作品で、どれもおすすめです。
 kindle上の綾加奈先生の百合小説は、鈴蘭女子高等学校と、共学の開栄高校が舞台のものに大別されますが、本書は前者を舞台にした作品。若干、暴走気味の好意を支倉に向けつつも、自分の感情の正体がいまいち掴めないでいる陽菜と、なぜか自己評価が異様に低くて、陽菜の好意を素直に受け止めきれずにいる支倉のズレたやりとりがおかしいです。そんなふたりのもどかしい関係を軸に、陽菜にフラれたことがきっかけで、支倉と仲良くなるクラスメイトの古町蘭、陽菜の幼なじみの望月ロマも絡み、4人の女子高生たちのままならない現実も描かれたちょっと切ない青春ラブコメです。
 互いに好意を向けつつも、掛け違ってばかりだったふたりが向き合って、足並みを揃えて未来へ一歩を踏み出していくシーンが最高です。

 

 
 20位 異世界最強トラック召喚、いすゞ・エルフ/八薙玉造
異世界最強トラック召喚、いすゞ・エルフ (ダッシュエックス文庫)

異世界最強トラック召喚、いすゞ・エルフ (ダッシュエックス文庫)

 
 【あらすじ】ぼっちな女子高生、ナギは、以前から憧れだった異世界に転移。着いて早々訪れた危機に、とっさに放った召喚魔法から飛び出してきたのは、いすゞ・エルフだった。思っていたのと違う現実に頭を抱えるナギだが、勇者の少女・アラシとの出会いを通して、理想の異世界生活を目指そうと奮起する。
 
 異世界いすゞELFが無双する、しかも、いすゞ自動車容認ということで話題になった本書。ストーリーを楽しみながらいすゞ・エルフについて学べる異色の異世界ファンタジーでもありますが、十年来、ライトノベルの分野で活躍されている八薙玉造先生にとっては、デビュー作以来の純粋に女性を主人公にした作品とのことで、女の子ふたりの絆が描かれた作品です。
 トラックで無双するなんて恥ずかしいナギにとって、みんなのために大槍を駆使して敵と闘うアラシは理想の勇者そのもの。ところが、アラシの意外な弱点を知ったことがきっかけで、互いのコンプレックスをさらけだせる唯一の相手になります。
 自己評価が低くて、対人関係が苦手という共通点をもつふたり。友達になった当初は、とてもぎこちなかったけれど、互いに相手の役に立とうと奮闘しながら友情を深めていく姿に、おかしくも暖かい気持ちにさせられます。
 やがて、勇者の少女は、大切な少女のために、戦うことの意義を見出し、戦いたくない少女は、不器用な勇者の少女のために、自分なりの戦い方を見出していく。そんな二人の姿が感動的です。
 
 
19位 君と漕ぐ/武田綾乃
君と漕ぐ: ながとろ高校カヌー部 (新潮文庫)

君と漕ぐ: ながとろ高校カヌー部 (新潮文庫)

  • 作者:武田 綾乃
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2019/01/27
  • メディア: 文庫
 
君と漕ぐ2 :ながとろ高校カヌー部と強敵たち (新潮文庫nex)

君と漕ぐ2 :ながとろ高校カヌー部と強敵たち (新潮文庫nex)

  • 作者:武田 綾乃
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2019/08/28
  • メディア: 文庫
 
 【あらすじ】両親の離婚を機に、東京から埼玉の北西部へと引っ越してきた、高校一年生の舞奈は、地元の川でひとり、カヌーに乗っていた湧別恵梨香と出会う。カヌーに興味を持った舞奈は、恵梨香を誘って、ながとろ高校カヌー部に入部する。長年ペアを組んで活動してきた先輩の希衣と千帆、あわせても4人の小さなカヌー部が動き出す。
 
 『響け! ユーフォニアム』シリーズやその派生作品、及び『その日、朱音は空を飛んだ』で、すでに百合ファンからも注目されている武田綾乃先生の最新シリーズです。
 『響け! ユーフォニアム』と同様、高校生の部活動を通して描かれる人間模様が魅力的な本作。一度、対人関係で躓いた経験から、カヌーだけが友達だった恵梨香と、天真爛漫な性格で、ちょっと警戒心の強い恵梨香の懐にもすっと入っていく舞奈との微笑ましい関係も描かれる一方、千帆とふたりで勝利することに執着する希衣と、すでに自身の限界を認めてしまった千帆はすれ違い、親友とペア、ふたつの立場に挟まれて燻る希衣の心理描写は特に濃厚。抜きんでた才能を持つ恵梨香の加入で、この先輩ふたりの関係も変わっていきます。「君と漕ぐ」というたった四文字に込められた想いが印象的です。
 ライバルたちも登場し、様々な人間関係も描かれていくなか(神田・堀ペアの関係好き)、2巻のラストでは、それまでカヌーに乗れば並ぶ者がなかった恵梨香に、知らなかった感情を自覚させる<孤高の女王>蘭子との関係がどのようなものになるかとか、冒頭に示される恵梨香と組んでオリンピックに出場しているのは誰なのかとか、続刊が気になるシリーズです。
 
 
18位 ノワールをまとう女/神護かずみ
ノワールをまとう女

ノワールをまとう女

 
【あらすじ】企業の炎上を人知れず沈静化させるのを生業としている西澤奈美。新たな案件の解決に乗り出した奈美は、潜入した市民団体と恋人の雪江に繋がりがあることを知る。これは、果たして、偶然なのか。
 
 本年度の第65回江戸川乱歩賞受賞作。乱歩賞で女性どうしの関係を描いた作品と言えば、女子高生の恋愛を描いた多岐川恭の『濡れた心』が浮かびますが、これが第4回受賞作品なので、実に60年ぶり。
 企業の炎上を鎮めるための裏工作を進めつつ、行きつけの韓国料理店の女性店主が自殺した事件の隠された事情を探っていく奈美の姿がメインで描かれています。合間に雪江とのなれそめや、デートの様子なども書かれていますが、奈美と雪江の関係は、添え物程度の描写に止まらず、物語の展開上、重要な意味を持っています。愛しあいながらも、互いに譲れない信条のために、ただ恋人同士ではいられなくなってしまうふたりの結末には、胸が痛みます。
 男どうしの熱い関係を描くのは得意なハードボイルドの世界に、女どうしの関係性をぶち込んで、新風を吹きこんだ本作。早川書房が「百合SF」を前面に押し出した年度に、女性どうしの関係を描いた作品が、60年ぶりに乱歩賞を獲るって、なかなか愉快な符号じゃないでしょうか。次は60年後といわず、当たり前のように百合ミステリが乱歩賞を獲るような時代になるとよいですね。
 
 
17位 キキ・ホリック/森晶麿
キキ・ホリック

キキ・ホリック

  • 作者:森 晶麿
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2019/07/31
  • メディア: 単行本
 
【あらすじ】若宮波留花をクラスメイトのイジメから救ってくれた同級生の蘇芳キキ。それ以来、キキが管理する温室で過ごすふたりの時間に心を浮き立たせる波留花。だが、その前に現れたキキの妹、カラは告げる。姉が叔父を殺したと。
 
 第1回アガサ・クリスティ賞を受賞してデビューされて以来、精力的に作品を刊行されているミステリ作家の森晶麿先生が、編集者のすすめで初めて書いたという百合作品です。
 物語は、波留花の視点で進んでいきますが 家庭では冷淡な母親と過干渉で暴力を振るう父親に囲まれ、学校ではイジメに遭うという閉塞的な状況で、手を差し伸べてくれたキキに否応なく惹かれていく波留花、イジメを止めて以来、波留花の管理人を自認し、愛でるキキ。ふたりの甘いやりとりに、波留花に絡んでくるキキの妹、カラの姉に相当こじれた想いを抱いていることを滲ませる言動がコミカルに描かれた序盤は、陰鬱な物語の中で輝きを放っています。
 波留花がふたたび閉塞的な状況に囚われはじめるなか、キキへの想いが加速していくとともに、連続殺人事件が起き、キキの犯行への関与が疑われたり、サスペンスが増してきます。ジャンルのあわいをスリリングに駆け抜けたその先にある光景は、きっと心に残ると思います。
 耽美でビザール、妖しい魅力を放つ作品です。
 
 
16位 大進化どうぶつデスゲーム/草野原々
大進化どうぶつデスゲーム (ハヤカワ文庫JA)

大進化どうぶつデスゲーム (ハヤカワ文庫JA)

 
大絶滅恐竜タイムウォーズ (ハヤカワ文庫JA)

大絶滅恐竜タイムウォーズ (ハヤカワ文庫JA)

 
【あらすじ】星智慧女学院を、突如、襲った巨大なネコ型生物。生き残った生徒たちに、未来からやってきたというAI生命は、進化史が改ざんされため、人類が誕生せず、猫が地球の覇者となったのだと告げる。かくして、ネコ型生物の進化を阻止し、人類が繁栄する未来を取り戻すため、女子高生18人は、分岐点となった800万年前のサバンナに送り込まれた。極限状況下で絡み合う彼女たちの様々な感情を濃密に描いたハード百合SF。
 
 初単行本『最後にして最初のアイドル (ハヤカワ文庫JA)』に収められた作品や、SFアンソロジー『NOVA 2019年秋号 (河出文庫)』に収録された「いつでも、どこでも、永遠に。」では、身体改変などの過激なモチーフを用いて、もはやヒトの領分を超えた強感情が、宇宙規模の変革を促すという壮大なスケールの百合作品を書かれている草野原々先生。
 本書では、あいかわらず過酷な環境に置かれてはいるものの、女子と女子の間で派生する感情を丁寧に拾い上げた、正統派(?)の百合小説になっているのが魅力です。しかも、その女子高生が18人もいれば、そこから派生しうる関係性は無限といってもいいわけで、冒頭に掲げられた登場人物相関図に添えられた関係性をみるだけでも、「友人未満」「まぁ友達」「大好き」「崇拝」「良きライバル」「親友」などといった言葉が踊ります。まるでありとあらゆる関係性を描き出してやろうとしているかのようなSF作家らしい過剰さも感じられます。個人的な好みでいえば、なかでも幾久世と千宙のふたりの関係性がとても好きなんですが、百合好きなら間違いなく琴線に触れる関係性が見つかるはず。
 
 本書の続編である『大絶滅恐竜タイムウォーズ』も刊行されましたが、キャラクターこそ共通しているものの、語り口さえ変わって、お話はどんどんとんでもなくなっていき、思いもよらない地点に辿りつく、カオスなSFでした。前作からすると、「どうしてこうなった?」と思わされるような続編ですが、宮澤伊織先生との対談「百合が俺を人間にしてくれた【2】」で言及される「弱い百合(weak yuri)」という概念を補助線としてみると、興味深いかもしれません。

 

 

15位 明日の世界で星は煌めく/ツカサ
明日の世界で星は煌めく【電子書籍版限定特典SS付き】 (ガガガ文庫)
 
【あらすじ】屍人が溢れかえり、人類が終焉を迎えようとする世界で、父親の遺した「魔術」によって、生き残った少女・由貴。屍人の発生から一か月が過ぎ、すっかり人間の姿を見かけなくなった街で、由貴はひとりの生存者を助ける。それは、ずっとイジメられてきた由貴が、一週間だけともに過ごした唯一の友達・帆乃夏だった。姉を探しているという帆乃夏とともに、由貴は安全な屋敷を出る決心をする。
 
 2016年発表の『ノノノ・ワールドエンド (ハヤカワ文庫JA)』で、終末を迎えた世界を舞台にした、ふたりの少女の逃避行を描いていた、ツカサ先生のポストアポカリプス百合の新シリーズです。
 孤独な少女が、ただ一人、友人と認めた少女と再会し、一緒に屍人で溢れかえる世界に立ち向かうという設定からして、すでにエモいんですが、ただ仲が良いというだけでない由貴と穂乃果の関係を多面的に描く筆が冴えています。
 もともと、転校を繰り返してきて人の懐に入り込むのも得意な帆乃夏が示すあけっぴろげな好意に、人づきあいに慣れていない由貴は、距離感を慎重に図りつつ、応えていく。そのふたりのやりとりはときに微笑ましくもあるのですが(そういうところは、女子高生たちのなにげなくちょっぴりおかしい日常を最高に魅力的に描くむっしゅ先生のイラストがハマってます)、決してなあなあの関係ではないところが魅力です。
 その魅力は、ふたりの出会いのエピソードにも顕著に表れています。帆乃夏は一度だけ、級友たちから理不尽な疑いをかけられた由貴を助けますが、転校まで時間がないこともあり、あえていじめをなくそうと行動にでたりしません。由貴もまた帆乃夏に頼ることを潔しとせず、帆乃夏の判断を受け入れます。そのときの別れに際して下すふたりの決断もシビアです。
 大事な決断を下す際には、自分の判断を押し付けず相手の意思を尊重する、互いに信頼を寄せながら、一定の距離を取り、対等な立場であろうとする。このふたりの関係をあえて言い表すならば、戦友という言葉が似合うような気もします。
 実際、屍人たちを相手に戦う後半では手に汗握るアクションも楽しめますが、屍人とはなんなのか、帆乃夏は姉に再会できるのか、今後、ふたりがどんな死線をくぐりぬけていくのかが楽しみなシリーズです。
 
 
 14位 最強の傭兵少女の学園生活 ―少女と少女は邂逅する―/笹塔五郎
【あらすじ】シエラは幼いころ自分を拾ってくれたエインズと父子同然に育つ。最強の傭兵と目されるエインズともに戦場を駆け抜け、その戦闘能力は父に並ぶほどに成長した。しかし、シエラが15歳を迎えて、エインズは傭兵引退を宣言。戦いしか知らないシエラを心配したエインズは、シエラを学校へ入れる手筈を整える。学校に入ったシエラは、周囲から遠巻きにされている貴族の娘・アルナと友達になっていく。だが、アルナを狙う何者かの影が……
 
 悪目立ちしないよう本気を出さないよう言われていたにも関わらず、自分の強さに無自覚なために、シエラが数々の騒動を引き起こしていくのが愉快です。そんな常識とは縁遠く、いたってマイペースなシエラに振り回されつつも、世話を焼いてあげるアルナ。顔にはあんまり出ないけど、アルナには甘えん坊になるシエラ。そんな、ふたりの姿が微笑ましいです。
 しかし、訳ありなアルナは、複雑な思いを抱えていて、そのため、すれ違いも起きてしまいます。シエラを大切に思うからこそ拒絶してしまうアルナと、対人経験のなさが裏目に出て、どこまで踏み込んでいいのかわからなくて途方に暮れるシエラの姿は、とてもせつないですが、それを乗り越えて絆を育んでいく姿は感動的です。あんまり小道具の使い方が巧みだったために、クライマックス、百合なのに「お父さーん」と叫びそうになりました。
 命を奪い合う傭兵稼業に明け暮れていたけれど、大切な人を守るために力をふるうことを覚えるシエラ。シエラに人を思う心を与えてくれたアルナもまた、シエラに背中を押され、まとった孤独を脱ぎ去ろうとし始める。そんなふたりの関係が素晴らしい本書。原型となる<小説家になろう>版では、第三部まで公開されていますが、ぜひとも書籍版でも続刊を希望したいところです。
 
 
 13位 百合お嬢様の優雅じゃない魔法少女生活/あらおし悠
【あらすじ】通っているお嬢様学園では、学園のアイドルとして崇められている桃だが、実は魔法少女が大好きなオタク。桃と学園での人気を二分する運動神経抜群のクラスメイト、橙果のことは気になる存在だったが、互いのファンが壁となって、近づけずにいた。
 そんな、ある日、桃が粘液状の化物に襲われている少女を助ける。魔法界からやってきたというメロと名乗るその少女によれば、化物は蜜魔と呼ばれ、女の子を発情させ性欲の虜にしてしまうのだという。メロから高い適性を認められた桃は、人間界に逃げ出した蜜魔を捕まえる魔法戦士になって欲しいと頼まれる。しかし、蜜魔に取り憑かれた女の子を救うには、性行為で性欲を満たしてあげる必要があるというのだ。女の子とエッチできるのは魅力だけど、理想の魔法少女像とはかけ離れた活動内容に渋りつつ、メロに協力する桃。その矢先、橙果が襲われているのを発見する。おまけに、活動を邪魔するもう一人の魔法少女まで現れて……
 
 官能分野で、百合作品をコンスタントに発表し続けてくれている大変にありがたい作家・あらおし悠先生の最新作。ちょっといいかげんなメロに振り回されつつも育まれていく桃との友情や、正体を隠したまま橙果と結ばれることになった桃の葛藤や、そのふたりの関係を軸にしつつ、たっぷりと官能描写が楽しめる、いつも通り期待を裏切られることのない作品です。
 で・す・が、
 本書のクライマックスでは、1対1で育む恋愛ものとも、1対多のハーレム展開とも違った関係でつながる官能描写も描かれていて、あらおし先生の底知れぬポテンシャルに大興奮の一冊でした。官能百合が初めてという方はもちろん、読み慣れてるよという人にもおすすめしたい作品です。
 今年、あらおし先生は、奴隷関係からはじまる官能百合『百合ラブスレイブ』の続刊、『百合ラブスレイブ凛 好きへの間合い』も発表され、気持ちより先に行動がきてしまう官能小説ならではの百合展開に、スポ根風のストーリーも楽しめる作品でした。また、あらおし先生以外にも、二次元ドリーム文庫からは、酒井仁先生による初の百合作品『お嬢様とメイドの百合な日常 ~白いお屋敷のラプンツェル~』も刊行されており、二次元ドリーム文庫から新たな展開があるのか、他レーベルにも飛び火する可能性も含めて、今後も官能小説レーベルの動向に注目していきたいと思います。

 

 

12位 なめらかな世界と、その敵/伴名練
なめらかな世界と、その敵

なめらかな世界と、その敵

 
 本書は、伴名練先生の9年ぶり二冊目の単行本となるSF傑作集です。寡作ながら、一編一編のクオリティの高さは、ほとんどの作品が各種アンソロジーに採られていることでも保証済。SFマガジン10月号では、本書の発刊を記念して、SF界の錚々たる面々が、最新作「ひかりより速く、ゆるやかに」を除く全作品をレビューした「伴名練総解説」を寄せてます。短文ながら、的確に各作品の魅力を拾い上げる書評で、機会があれば併読されることをおすすめしたいです。
 本書には「美亜羽へ贈る拳銃」を除けば、どれも百合SFといって差し支えない作品が並んでいます。以下、一編づつ簡単にご紹介します。
 
「なめらかな世界と、その敵」
人々が“乗覚”という力を持ち、並行世界を自由に行き来することによって人生を謳歌しているなか、事故で“乗覚”を失い、ひとつきりの現実に生きる少女。その少女のために幼なじみの女の子が奔走します。ラストの選択にはハッとさせられます。
 
ゼロ年代の臨界点」
なんとSF評論の形をとった小説です。その内容は、日本SFの黎明期に、三人の女性作家が残した足跡を辿るというもの。作品内容の要約やその及ぼした影響、注釈を通じて、直接描写することなく、三人の濃い関係性を浮かび上がらせていくのに驚かされます。
 
ホーリーアイアンメイデン」
 妹から姉に宛てた五通の書簡の形で綴られる作品。ふしぎな能力を持つ姉に抱く惧れ、愛憎入り乱れる心情が綴られていくうちに、浮かび上がってくる恐るべき企み。姉との関係に身を捧げた妹の決意が、姉を含むこの書簡を読み終えたすべての者の胸にまざまざと突き刺さることでしょう。
 
「シンギュラリティ・ソヴィエト」
 ソ連アメリカが開発した超高度AI間の歴史改変競争を背景に、アメリカの工作員の男と、ソ連側の女性の緊迫したやりとりを描いた密室劇なのですが、わずかながらに触れられた正体不明の感情が、戦慄すべき意外な結末とともに印象に残ります。
 
「ひかりより速く、ゆるやかに」
 一本の新幹線を襲った未曽有の事態が引き起こす悲喜劇や社会的影響を、乗客のひとりである天乃と幼なじみの“僕”こと速希、天乃とは腹違いの姉妹である叉莉との関係を中心に描いています。柄は悪いけど、天乃にはメロメロな叉莉のキャラクタや、速希の抱える天乃に対する複雑な想いが印象に残ります。
 この作品に施されたある仕掛けについては、ライターの将来の終わり氏による書評を参照いただければと思います。
 
 以上、着想、洗練された語り口、鮮やかな結末が優れた珠玉の作品集です。

 

 

11位 Vチューバーだけど、百合営業したらドハマリした件/みかみてれん
【あらすじ】 「カッコイイ」と呼ばれるより、「かわいい」と言われたい。高身長と整った顔立ちゆえに叶わない願いを叶えるためVチューバ―橙猫フーカになった女子高生の楓花。ところが、現実にはゲーム配信で圧倒的な強さを発揮したりして「修羅」などと呼ばれる始末。そんなある日、林原リリと名乗るVチューバ―から、コラボ配信の誘いが。リリの配信を見た楓花は、そのあまりのかわいさに、秘訣を盗んでやろうと考え、承諾する。だが、打ち合わせの場に現れたリリは、生身からしてかわいい女の子だった。才能の差を見せつけられて心が折れかかる楓花だが、リリの熱心さに負けて、コラボ配信をはじめる。リリが百合営業を企画のコンセプトとして提案し、乗っかることにした楓花だったが……
 
 みかみてれん先生といえば、『魔少女毒少女 リリスとサラの情炎行』というあまりにも一途に捧げられる愛情と、それに対する複雑に入り乱れる想いを描いたビターな百合小説が、私、大・大・大好きでして。他の商業作品では、百合以外の作品を主に発表されてきたみかみ先生ですが、同人活動では、個人レーベルのみかみてれん文庫を立ち上げられ、精力的に百合小説を発表されてきました。なかでも、『女同士とかありえないでしょと言い張る女の子を、百日間で徹底的に落とす百合のお話』(以下「百日百合」)は、Amazonライトノベル・ランキングで1位、部数は1万部を超え、ビブリオバトルに取り上げられた本として、国営放送でも紹介されるなど大反響を呼びました。
 その「百日百合」の登場人物たちも顔を覗かせたり、他作品とも世界観がクロスしていたりする本書。「かわいい」と言われたい楓花と、「カッコイイ」女になりたかった璃々子、互いに自分にないものを持った理想の自分と出会い、いろいろと正反対のふたりが、互いの欠落を埋めていくような関係に発展していくのが素敵です。
 さっぱりした性格で、恋愛とか意識したこともないぶん、平気で百合営業もできちゃう、ある意味、無敵な楓花に、最初から楓花のことを意識しまくりながらも、いろいろ経験を重ねてきたぶん臆病にもなって踏み込めないリリの振り回されてしまう様が、ちょっぴりせつなくもコミカルに描かれています。Vチューバー、ゲーム実況、百合の三題から導き出される、思いがけなくも最高のエンディングが待ってます。さらに、『ゆりぐらし』などで知られる百合漫画家のくるくる姫先生による挿画、リリとフーカのショート漫画も楽しめる贅沢な一冊です。
 さて、2020年には、前述の「百日百合」が、GA文庫の一冊として発行されることになり、ダッシュエックス文庫からも新シリーズが開始と、みかみ先生がふたたび商業で百合小説を出されるというニュースが、先日、発表されました。19年は、二年半ぶりに『安達としまむら』の最新刊が刊行され、アニメ化まで発表されましたが、女の子どうしの友情やイチャイチャや巨大感情まで描かれているわりに、ラブコメは空白地帯になっているライトノベルの分野に、百合ラブコメの大本命が登場することで、いったいどんな旋風が巻き起こるか、いまから非常に楽しみです。
 
 
10位 カインの子どもたち/浦賀和宏
カインの子どもたち (実業之日本社文庫)

カインの子どもたち (実業之日本社文庫)

 

【あらすじ】死刑因の孫、立石アキは、同じく死刑因を祖父に持つ新進気鋭のジャーナリスト泉堂莉菜から協力を申し込まれる。ふたりの祖父が犯人とされるそれぞれの事件、同一人物の犯行である可能性が出てきたというのだ。ともに過去の事件を調べていくうちに、ふたりは愛しあう仲になっていった。

 
 1998年、『記憶の果て』でデビューされた浦賀和宏先生は、ミステリを基調にしつつ、SF的な趣向を取り込んだジャンルのお約束やタブーにとらわれない作風、青春期の繊細さと暗黒面を抉り出すリアルな描写から、コアなファンを獲得しましたが、2001年発行の『彼女は存在しない』は、2010年代初頭にベストセラーとなり、一躍、話題の作家となりました。
 浦賀先生は、実は、以前も百合ミステリを書かれていて、そちらはネタバレになってしまうのでタイトルが挙げられないジレンマがあったんですが、今回の作品は、ネタバレを気にせず、紹介できてうれしい限り。百合好きにも勧めたいディープな感情が描かれた作品となっています。ツイストの効いた最後まで先の読めない展開の先に見えてくる光景は、ミステリファンにも百合好きにも衝撃を与えてくれるでしょう。
 
 
9位 紅蓮館の殺人/阿津川辰海
紅蓮館の殺人 (講談社タイガ)

紅蓮館の殺人 (講談社タイガ)

 
【あらすじ】高校生探偵の葛城と、その助手である田所は、学校の合宿先を抜け出して、近隣の山中にある、高名なミステリ作家が住まう落日館に向かう。しかし、折悪しく、発生した山火事に追われ、家の住人やほかの避難者たちとともに落日館に閉じ込められてしまう。そして、切迫する状況の中で、住人のひとりが、無残な死体となって発見される。館が炎に包まれるまでに、事件を解決し、脱出することはできるのか。
 
 2017年に『名探偵は嘘を吐かない』でデビューした新鋭のミステリ作家、阿津川辰海先生の第3作目、毎年恒例年末のミステリランキングでも、高い評価を得た作品です。
 生い立ちから嘘を憎み、欺瞞を暴きたてずにはいられない葛城と、かつては何度も事件を解決したことのある女性、飛鳥井光流、新旧の名探偵が登場。館で起こった死亡事件を殺人と主張し、犯人を捜そうとする葛城と、事故であると主張し、脱出経路の探索を最優先とする飛鳥井、その対決が、本書の読みどころのひとつ。
 実は葛城の助手である田所は、幼いころ、飛鳥井と一度出会っていて、田所が名探偵に憧れたのも目の前で颯爽と殺人事件の謎を解く飛鳥井の姿を見たからでした。しかし、再会した飛鳥井は、事件には興味を示そうともせず、かつての名探偵の面影は失われてました。では、なぜ飛鳥井は変わってしまったのか。その理由が、事件と並行して描かれる飛鳥井の過去にあります。分量が割かれた過去パートでは、かつて、助手の女性とともに、飛鳥井が事件解決に当たっていた日々が描かれます。探偵と助手という関係で結ばれたふたりの絆と想い、そして、迎えた苦い結末。半身を失った飛鳥井の「彼女が嫌いだ」というリフレインがせつなく響きます。
 周到に計算されたミステリである本書のこと、この過去のエピソードも重要な意味を持ってくるわけで、オーソドックスな犯人当てを軸に、豊富なアイディアが詰め込まれた本格推理であり、名探偵とは、その存在意義はなにかというテーマ、ふたりの女性の関係性が一丸となって構築された本書はとても読み応えのある作品でした。
 本格推理と名探偵(の存在証明やら苦悩やら)と百合をこよなく愛する私にはこれ以上ないご褒美でした。
 
 
8位 ネクロマンサー少女/天乃聖樹
ネクロマンサー少女 1 (ヒーロー文庫)

ネクロマンサー少女 1 (ヒーロー文庫)

 
【あらすじ】『業火の王』との最終決戦。ネクロマンサーの少女・ネネは、仲間の英雄たちに裏切られ、親友のローズとともに戦場に残される。ネネを庇って倒れたローズは、魂を刈り取られ、消滅させられる。ネネは、英雄たちに復讐し、ローズを死の運命から救い出すために、一世一代の禁術を用いて2年前に戻る。アンデッドの少女・フランを使い魔にして、死体さえあれば最強のネクロマンサー少女が運命を変える戦いに挑む。
 
 個性豊かな4人の少女たちが仲睦まじく冒険を繰り広げる『十歳の最強魔導士』を刊行中の天乃聖樹先生の新シリーズ。
 非情に徹しようするネネと、そんなネネの調子を狂わせてしまうネネ大好きなフランとのかけあいも楽しく、二周目の利点を活かして、水面下で動きながら、勇者たちに嫌がらせのジャブを叩き込んでいくのが痛快です。
 少しでもローズを死の運命から遠ざけるため、会いたい気持ちを押し殺して、誰にも真実を打ち明けず、失敗の許されない使命の重圧にひとりで耐えようとするネネですが、ローズとふたたび出会ってしまったことで、崩れそうになる決意を必死に押しとどめようとするネネの姿が痛ましく、せつないです。
 しかし、事情を知らないなりに、ネネの苦悩を察し、支えようとするフランとローズ。苦難の果てに、ネネとふたりの間に、新しい絆が結ばれていくのが感動的です。3人は運命を変えることができるのか、今後が非常に気になります。
 
 19年は、本書のほかに前述の『十歳の最強魔導士』や男女物のラブコメを含めて7作も出版され、大活躍の天乃先生ですが、その中の一冊『君は誰に恋をする 』(LINE文庫)は、互いの恋を応援しあう約束をした高校生の男女が惹かれあっていく様子が描かれている作品。ですが、実は百合目線で読んでも、報われない思いの切なさと、好きな人を取られないためには手段を選ばない情念の深さに打たれると思います。
 
 
 7位 女だから、とパーティを追放されたので、伝説の魔女と最強タッグを組みました/蛙田あめこ
【あらすじ】「女だから」という理由で、パーティから追放されたターニャは、三百年の眠りから目覚めた伝説の魔女・ラブラスと出会う。ラプラスに実力を認められ、最上級職の魔法剣士にクラスチェンジしたターニャは、パーティを見返してやるために、冒険者たちが集うランキング戦に出場することを決意する。
 
 オーバーラップWEB小説大賞奨励賞を受けて発行された蛭田あめこ先生のデビュー作。魔法剣士ターニャと伝説の魔女・ラプラスが、男性ばかり優遇される冒険者業界に殴り込み、女だからという理由で押し付けられる理不尽を、ことごとくはねのけていく、胸のすく活躍を描いた作品です。
 蛭田先生は、前年8月に発覚した、入試を受けた女子学生に一律減点措置を取っていたという、東京医科大学不正入試事件に触発されて書き始められたそうですが、女性の生きづらさを助長する現実の諸問題を取り込みつつ、ターニャたちの活躍が、それまで女性たちを縛りつけていた価値観から解放していく、痛快無比のエンタテインメントに仕上げられました。
 もとから人並外れた力を持つ魔女なのに、三百年間も眠ってたせいで世俗に疎いラプラスと、それに比べたら常識人なターニャ。ラプラスがやらかしてはターニャがツッコんだり、ターニャが常識だと刷り込まれてきたものが決して当たり前ではないことを、世間からどう見られるとか時代の趨勢に捉われないラプラスに指摘されて気づかされたり、女ふたりの道行きはとてもにぎやか。
 ところで、ラプラス、けっこうキス魔なんですけど、手軽に魔力が注入できるからとはいえ平然とキスしてくるラプラスに、ターニャはちょっとドギマギしつつも、特に抵抗なく受け入れてたりして、キスされても、女どうしなのにとか、自分たちの関係に思い悩んだりというのがなくて、無自覚というか天然カップルっぽいとこが良いです。そんな二人の関係はというと、目的を同じくする仲間、あるいは戦友ではあるけれど、復讐相手はラプラスにとっては、特に思い入れもない人物なので、それだけとも言い難いし、馬があって仲が良いのだから友達といえば友達だけど、キスはするし、だからといって恋人というわけもない。そういったカテゴライズをする以前に、ターニャとラプラスなんだなという感じがしました。
 あと、このふたりの関係も面白いんですが、もう一組の関係の行方も注目です。途中からターニャたちに合流するナディーネと、敵として現れる、平気で男に媚びる世渡り上手なキャサリンのふたり。詳しくは読んでいただくとして、女が女に落ちる瞬間の破壊力凄い……とだけ言っておきます。
 
 すでに出ている2巻では、ラプラスの因縁の相手と対峙することになりますが、厄介な相手に苦戦しつつも、より強く結びついていくターニャたちの活躍が描かれています。なんといってもターニャがラプラスにとってどんな存在なのか、ラプラスが心情を吐露するシーンに感銘を受けました。このふたりが出会えて本当に良かったと心の底から思えます。
 
 
6位 世界樹の棺/筒城灯士郎
世界樹の棺 (星海社FICTIONS)

世界樹の棺 (星海社FICTIONS)

 
【あらすじ】王城に仕えるメイド、恋塚愛埋(こいづかあいまい)は、人間と全く見分けがつかない<古代人形>が暮らす街を内包する<世界樹の苗木>の調査することになり、考古学に詳しいハカセとともに出立する。愛埋たちは、世界樹の中の街で、謎の棺を運ぶ少女たちと遭遇する。彼女たちの暮らす館に招かれるが、そこで連続殺人事件に巻き込まれてしまう。
 
 SF界の大御所・筒井康隆ライトノベルに挑戦したという触れ込みで話題になった『ビアンカ・オーバースタディ』。自主的に書いたその続編で新人賞を受賞し、筒井御大にも認められてデビューしたという異色の経歴の持ち主である筒城灯士郎先生の2作目の作品です。
 1作目の『ビアンカ・オーバーステップ』は、筒井作品のテイストを再現しつつ、ちょっぴり姉妹百合の風味もある作品でしたが、本書は冒頭1ページ目から、強烈に百合を感じさせるシーンからはじまります。といっても、これはまだ序の口で、本書は恋塚愛埋が連続殺人の謎に直面するパートと、王国の危機に際して、王女のモコと愛埋が繰り広げる冒険を描くパートに分かれているのですが、後者のパートでは、互いに想いあう主従の恋模様が真正面から描かれていて、それだけで一編の百合小説が成立しています。そのほか、全編、様々な女性どうしのつながりが散りばめられています。
 連続殺人事件の真相を巡って二転三転する推理のゆくえが描かれる本格ミステリでもあり、<古代人形>の存在が鍵を握る特殊設定ミステリならでは論理展開には、膝を打つこと請け合いです。
 ふたつのパートは、ともに恋塚愛埋を中心に据えつつも、果たしてどのような繋がりがあるのかは最後まで分かりません。しかし、殺人の謎が解かれ、王国の辿る運命と、モコと愛埋の恋の物語が、ひとつの結末を迎えたとき、世界の真実は明かになり、謎が氷解していく快感が味わえるとともに、よりいっそう忘れがたい百合小説として完成するのです。

 

 
5位 私の推しは悪役令嬢。/いのり。
【あらすじ】零は、ある乙女ゲームのヒロイン・レイに転生するが、そこは、零の推しの悪役令嬢・クレアの存在する世界だった。レイは、本来、攻略対象の王子たちには脇目も振らず、クレアを全力で愛でる日々を送る一方、ゲームの世界ではクレアがどんな運命を辿るか知っているレイは、密かに策略を巡らすのだった。
 
 2017年に創刊された百合専門の電子書籍レーベル<GL文庫>から発行された本作。昨今、異世界に転生したり、召喚されたりするお話が枚挙に暇がないほど書かれていますが、中でも乙女ゲー世界のヒロインや悪役令嬢などに転生したりするものも一定数存在し、多様な作品が生まれています。これだけあれば、ヒロインがヒロインを落とすような作品が、1冊くらいあってもいいよねと思っていたのですが、その願いを本書が叶えてくれました。
 前半では、クレアが悪役令嬢らしくレイに精一杯意地悪しようと頑張るのですが、クレアが大好きなレイからは、それらがことごとくご褒美と解釈され、苛めてるはずのクレア(とその周囲)が、奔放なレイの言動にどん引くというシークエンスが、たいへんテンポ良く書かれていてすいすい読めます。
 軽妙なやり取りをしながらも、ともに過ごすうちに見せ始めるクレアの感情の揺れ、思わぬライバルの出現に、クレアに対する想いを新たにしていくレイ。少しづつ変化していくふたりの関係からは目が離せません。
 それに加え、ふたりを取り巻く世界について深く掘り下げてあるのも本書の魅力です。貴族支配に陰りが見える王国の事情を背景に、腐敗した貴族、敵対勢力の暗躍、平民運動の激化などが、レイとクレアのみならず、周辺の登場人物たちをも巻き込んでいきます。登場人物たちのそれぞれの愛の形が示されたり、封建的で、性的マイノリティに対する理解など望めない世界で、偏見や抑圧に抗ったり、激動する時代の流れの中で展開する濃厚なドラマは非常に読みごたえがあります。
 迫りくるクレアの運命の日、クレアの幸せだけを願うレイの策略は実を結ぶのか。ぜひ、その目で確かめていただきたい、ヒロインが悪役令嬢に捧げた愛を高らかに謳いあげる一大叙事詩です。
 

 

 4位 処刑少女の生きる道(バージンロード)/佐藤真登
【あらすじ】ときおり異世界から迷いこんでくる日本人。ふしぎな力を持ち、かつて世界に災厄をもたらした彼らを秘密裏に葬り去るのが、処刑人の仕事。処刑人の少女・メノウは、いつもどおり日本人の少女・アカリの処分を決行。しかし、確実に仕留めたはずの彼女は何事もなかったかのように復活してしまう。現状、アカリを殺す術がないことを悟ったメノウは、その方法を探すため、事情を知らないアカリを引き連れて旅にでる。
 
 GA文庫大賞《大賞》の座を7年ぶりに射止めた話題作。目を惹く設定に、作りこまれた世界観、際立ったキャラクターたちの軽快な会話に、駆け引きも楽しいアクション、読み進むほどに明らかになっていく緻密な構成に感嘆し、頁をめくる手が止まらなくなる、ただただ純粋に面白いエンタメ作品としても、おすすめしたい作品です。
 佐藤真登先生といえば、ヒーロー文庫より『嘘つき戦姫、迷宮をゆく』が刊行中。『処刑少女~』とともに、久しぶりに5巻も出ました。まったく違う性格の持ち主ながら、固い絆で結ばれていくリルとコロのコンビを中心に、女性陣の友情や連帯などが十重二十重に取り囲む、女性どうしの結びつきが堪能できる作品で、こちらも大好きなシリーズなのですが、本作ももちろん、メノウを中心に、愛、恋、友情のようなカテゴリには収まりきらないような、ファンタジーならではのスケールの大きい、女どうしの巨大感情が渦巻いてます(はっきりとカテゴライズできそうなのは、某登場人物間の「あいつは敵」という認識ぐらいでは)。ちなみに、本書で私がいちばん好きなセリフは「せんぱい、いがい!みんなしね!!」です。
 世界の謎が少しづつ明らかになっていくたびに、全貌が、メノウとアカリの結末がますます気になってくる、いま最も続刊の待ち遠しいシリーズです。
 

 

3位 コールミー・バイ・ノーネーム/斜線堂有紀
コールミー・バイ・ノーネーム (星海社FICTIONS)

コールミー・バイ・ノーネーム (星海社FICTIONS)

  • 作者:斜線堂 有紀
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2019/09/17
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 
【あらすじ】大学生の愛は、ごみ捨て場に捨てられていた美しい女、琴葉を一晩泊める。その後、琴葉が同じ大学に通う学生だと知って友達になろうとした愛だが、琴葉はそれを拒絶。かわりに恋人として付き合うこと、そして、自分が改名する前の本当の名前を当てられたら望み通り友達になるといわれ、その賭けに乗る。
 
  第23回電撃小説大賞メディアワークス文庫賞」を受賞した『キネマ探偵カレイドミステリー 』でデビューされて以来、ライト文芸の分野で活躍されている斜線堂有紀先生の百合長編第一作です。
 謎めいた琴葉に振り回され、なかば無理やりに恋人とされながらも、愛が律儀に恋人って何するんだろうと試行錯誤を始めたり、それを見守る友人たちとの関係などが微笑ましいですが、愛の気持ちが次第に琴葉に傾斜していくにつれ加速する高揚感と裏腹に、真意の見えない琴葉を前にして感じる不安や葛藤が描かれていて、恋愛小説の醍醐味を味わえます。
 いまさら友達にもなれず、琴葉との関係に溺れていく愛に、訪れる決定的な転機。改名した理由、琴葉の口にする「証明」「呪い」「宿命」とは、どのような意味を持つのか。本心を知るには琴葉というひとりの女性の謎を解かなければならない。切実な理由に突き動かされて、関係が終わると知っていても、ふたりの賭けを遂行していく愛の姿は痛ましく、浮かび上がってくる琴葉の絶望は筆舌に尽くしがたい。
 希代の推理作家・連城三紀彦を彷彿とさせる逆転の発想が圧巻の“名前当て”ミステリであり、女どうしの物語でなければ書きえなかった地獄に言葉を失う、19年、いちばんの衝撃を受けた百合小説でした。
 
 
2位 生のみ生のままで/綿矢りさ
生のみ生のままで 上

生のみ生のままで 上

 
【あらすじ】彼氏同士が幼なじみだった縁で出会った、携帯ショップの店員・逢衣と、売り出し中の芸能人である彩夏。最悪だった出会い頭の印象から一転し、ふたりは急速に近づき、愛しあう仲になっていく。
 
 いわずとしれた芥川賞作家の綿矢りさ先生の最新作。以前の著作『ひらいて 』には、好きな男の子の彼女を寝取るという衝撃の展開が含まれていましたが、本作は真っ向から女性どうしの恋愛を描いた作品です。
 逢衣と彩夏のふたりの恋は、互いに彼氏がいるという、最初から、波乱含みの展開。無事に関係を築き上げるまでにも、すでにハラハラさせられましたが、それからは、恋の高揚感に酔いしれ、この幸せよ続いてくれと願い、引き裂かれた恋人たちの痛ましさに暗澹としながら、再起を息を詰めるように祈り……と、うかつにふたりに共感してしまうと大変なことになります。
 ふたりが引き裂かれてからの展開は、壮絶の一言に尽きます。彩夏とも気持ちのすれ違ったまま、いつ心が折れてもおかしくない境遇に在っても耐え忍び、愚直にふたりの未来を信じ続け、愛を貫こうとする逢衣の姿に胸を打たれました。
 
1位 アステリズムに花束を/アンソロジー
アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー (ハヤカワ文庫JA)

アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2019/06/20
  • メディア: 文庫
 

  ひとまず本書の成立事情を振り返ってみましょう。『不動カリンは一切動ぜず』(2010)『展翅少女人形館』(2011)『ノノノ・ワールドエンド』(2016)、百合姫ノベルから発行された『あまいゆびさき』の文庫版など、散発的に百合要素のある作品が収められてきたハヤカワ文庫JAでは、2017年、宮澤伊織先生の『裏世界ピクニック』シリーズがスタート、2018年には、ラブライブの二次創作から生まれた表題作を含む、草野原々先生の初の単行本『最後にして最初のアイドル』が刊行されました。同年には、SFセミナーでの宮澤先生のインタビューをまとめた記事「百合が俺を人間にしてくれた」が内外で評判となり、機運高まる中、8月には、宮澤・草野両先生を招いたトークショーの席上で、SFマガジンが<百合SF特集>を行うという発表がされます。そして、12月25日発売の<百合SF特集>が組まれたSFマガジン2月号は、予約殺到のため発売前重版、創刊以来の3刷を達成するという事態に至りました。その特集に掲載された4編を含む世界初の百合SFアンソロジーが本書となります。発刊に合わせ、全国書店では百合SFフェアも開催されました。以下、収録作を簡単にご紹介します。

 
宮澤伊織「キミノスケープ」
 人類が消え失せた世界を、ひとり、とり残された「あなた」が旅をするという二人称で書かれた作品。前述の「百合が俺を人間にしてくれた」で披露された“不在の百合”という概念を体現していることに驚かされます。人っ子一人いない風景でさえ百合になるんですね。
森田季節「四十九日恋文」
 四十九日までは死者とメールを通してコンタクトがとれることが発見された時代。ただし、一日一文字づつ交信可能な文字数が少なくなっていくという決まりがある中で、事故死した彼女とのやりとりが描かれます。恋人を喪うという悲劇を描いたものですが、悲壮なばかりではなく、死者とメールするという光景が、日常をちょっとズレた視点から眺めているような効果をもたらし、ふしぎな魅力があります。
今井哲也「ピロウトーク」 
 本書で唯一のコミック作品です。18年間一睡もできない先輩。お気に入りの枕を探す旅に付き合う後輩。SFならではの壮大な設定と、欠けた運命の相手ばかり見つめている先輩に寄せる後輩のほのかな想いを、軽妙に描き出しています。
草野原々「幽世知能」
 対峙する幼なじみの少女ふたり。女どうしの“エモい”感情のやりとりをハードSFで表現するとこうなるのかと思わされました。ラストはある種、究極の百合ともいえそうです。
伴名練「彼岸花
 大正浪漫の香りのする歴史改変SF(吉屋信子先生の著作に親しまれた方ならおなじみかと思いますが、ちゃんと「涙さしぐみ」さえします)。吸血鬼の真祖と最後の人類となった少女。心を通わせていくふたりに、種族の違いがもたらす悲劇を哀切に描き出しています。
南北義隆「月と怪物」
 2018年の11月から翌年1月にかけて、<コミック百合姫>とpixivが共同開催した「百合文芸小説コンテスト」に投じられ、「ソ連百合」として話題になった本作。歴史の波に攫われた秘められた恋を描き、抑制の効いた語り口が、かえって深い感動を呼ぶ作品。
櫻木みわ×麦原遼「海の双翼」
 小説家の女性が、翼を持つ女性と出会い、心を通じ合わせていく様を、小説家をサポートする人形体と呼ばれる存在の視点も交えて、語られます。種族の違うふたりが結ばれていくストーリーも良いですが、ふたりに向けられる人形体の硲の感情が印象的でした。
陸秋槎/稲村文吾訳「色のない緑」
 疎遠になっていた友人の自殺の報を受けたふたりの女性が、過去の記憶を辿り、その死の理由に迫っていく本作。抑制のきいた筆致から滲んでくる喪失の痛みが心に残ります。ラストの残された女性どうし思いあう姿が救いです。
小川一水「ツインスター・サイクロン・ランナウェイ」
 ガス惑星を舞台に、男女一組で行わなければならないとされる宇宙漁に、女ふたりで挑む痛快な作品。性差や社会の仕組みに対する問題意識をのぞかせつつ、軽やかに描かれたとってもキュートなラブコメでもあります。
 
 以上、9編、様々な形で綴られる女性どうしの関係性を描いた作品が、「百合」という概念そのものを揺さぶり、世界の見方を広げてくれることでしょう。これからの「百合」及び「百合SF」の未来への期待に満ちた一冊です。